月曜日の夕立ちはつめたい

走り出した気持ちが家出して戻ってこないときに書く

無事です

心は無事じゃないし、家の中も無事じゃないけれど、私たちは無事です。
私は被害の少ない場所に、パートナーと子どもは県外におり、直接顔を合わせてはいませんが、安否確認はできています。パートナーと子どもがいつどのように帰ってくるかも未定ですが、生きてるならもうなんでもいい。生きてるんだから。

私は子どもの頃から「地震」というもの自体が得意ではなく、少しの揺れでも目を覚ましてしまうくらいで、今は正直本当にきついです。
パートナーはそれを知っていて「一緒におれんでごめん、本当に会いたい、帰りたい」と泣きながら電話をかけてきました。やっぱり心、無事じゃないかもだけど。

とりあえず、マジの生存確認として残しておきます。世界のどっかで明日の天気を決めてる人へ、雪降らせんなよ、今回ばっかりは空気読めよ、頼むぞ。

うちらの実存、勝るあらめや


岡山県・長島にかかる長島大橋。水色で背景には青空が広がる

 久しぶりにブログを書こうと思い立って開いてみると、前にプライド月間への恨み言を書いてから、実に1年が経過していた。私が「家族」のことを書こうが書くまいが生活は続いてゆくし、相変わらず本邦のプライド月間という概念もはりぼてのままだ。
 そのはりぼてを本物にする方法を、ずっと考えている。

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そばかすの君へ、そばかすの私より

映画「そばかす」の舞台挨拶の様子。壇上には主演の三浦透子

 ホリデー・シーズンだ。Netflixを開くと、男女らしきふたりがにこやかに並び立つ、赤と白と緑のサムネイルばかりが目に飛び込んでくる。そのまま放っておくと勝手に予告が再生されるが、誰かと別れた旅行先でまた誰かと出会うだの、クリスマスまでに彼氏を作らないと死ぬだの、だいたいがそんな感じだ。
 恋愛をしないと、意地を張っているとみなされる。モテないことの言い訳だと言われる。淋しいやつだと見下される。ロマンチックイデオロギーが猛威をふるう、恋愛をしない人間がどこか肩身が狭い季節である。
 そのようなドラマや映画が視界に溢れてうんざりするのが例年の12月なのだが、今年の私は違う。今年の私には『そばかす』がある。この世にあの映画がある。【私たち】を語る作品がある。そう思うと、なんだか気が楽なのだ。

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私たちは星になんてならない

 善き人間でありたい。ずっとそう思っている。思っているだけだ。
 ぼろぼろ泣いている子どもを目の前にして、私は咄嗟になにも言えなかった。なにが善き人間だ。一番大事な人も救えないくせに。



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記事翻訳:私たちは間違った存在ではありません+α

 韓国にハンギョレという左派の日刊新聞がある。日本語版のサイトもある、主要紙のうちの一紙だ。
 今月5日に掲載された記事にひとつ気になるものがあり、日本語訳はされなさそうなので思い切って訳してみた。元々ハンギョレは日本語サイトができる以前、有志がブログに日本語に訳した記事を掲載していたらしい。もしも問題があるようであればすぐに下げます。記者はシン・ソユン記者。

 記事は中学2年生のとある性的マイノリティが、ハンギョレ紙にメールをしたことからはじまる。思春期のマイノリティの子どもたちを取り巻く環境の劣悪さは、正直日本となんら変わりがない。
 もしもこの記事を読んでいる中に、子どもと接する教育職に従事している人がいたら、ここで読むのをやめないでほしい。もしもこの記事を読んでいる中に、この『韓国の平凡な学生』と同じ性的マイノリティの未成年や、未成年だった人がいたとしたら、やっぱりここで読むのをやめないでほしい。

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「ご希望の決戦日を書いてご提出ください」

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校名の入ったスリッパって、一足いくらくらいなのかな

 自分の人生が映画化されたとして、まあその映画の出来は置いといて、自分としては「ここ、山場だな」と思う瞬間がある。でもそれは他人の目から見ると、本当にまったく大したことのないシーンだったりするわけだ。
 この映画、きっとfilmarksではボロクソに言われるんだろうな。風通しのいいんだか悪いんだかわからない廊下で、とても硬い椅子に座りながら、現実逃避の手本のようなことを考える。私は緊張で喉がカラカラだった。

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